「本当はこうしたいのに、どうしてもできない」
「自分の望みを諦めるしかないの?」
そんな気持ちをずっと心の奥に抱えて、
毎日なんとかやり過ごしていた時期が、私にはありました。
たとえば私は、本当は子どもが2人欲しかった。
でも、夫は「1人で十分」という考えで、そこがどうしても折り合えなかった。
この問題に、どう向き合えばいいのか分からない。
話し合いもできなかった。
感情がどうにも整理できなくて、
私はお酒に逃げるようになりました。
いま思えば、あの苦しさの奥には、“失われたもの”への執着や痛みがあったのだと思います。
でもそのことに気づいたのは、だいぶ後のことです。
自己肯定感が低かった背景
私が「子どもは2人ほしい」と強く願っていたのには、理由があります。
それは、13歳のときに母を亡くした経験にさかのぼります。
突然の死でした。
そのとき、担任の先生がかけてくれた言葉があります。
「お母さんは、あなたたちを残して亡くなったことが、きっと心残りだったと思うよ」
今振り返れば、その先生も何と言葉をかけていいか分からなかったんだと思います。
でも、当時の私はその言葉をまっすぐに受け止めてしまった。
「お母さんには心残りがあった」
そして、なぜかそれを「私が解消してあげなければならない」と思い込んでしまったんです。
そこから、私の中で将来の夢は一貫して「子どもが2人いるお母さん」になりました。
職業も、やりたいことも、あまり考えた記憶がありません。
ただひたすら、「お母さんの心残りを、私が叶えなきゃ」と思い続けていました。
今思えば、母の死をきちんと受け入れることができていなかったのだと思います。
悲しみを感じきる前に、どこかで感情に蓋をしてしまっていた。
だから、何事にも本気になれなかった。
本音で選択できなかった。
いつも一歩引いたような感覚で、
「ちゃんと生きてるけど、どこか他人事」のような人生を歩んできました。
HSPという気質に気づいたことが転機になった
そんな私が「HSPかもしれない」と言われたのは、ずっとあとになってからのことでした。
きっかけは、HSPの友人との何気ない会話です。
「あなたも、HSPなんじゃないかな?」
その言葉を聞いたとき、私は正直ピンときていませんでした。
“繊細さん”という言葉には聞き覚えがあったけれど、
「自分が繊細なタイプだ」とは思っていなかったから。
でも、なんとなく気になって、
ネットの自己診断を試してみました。
結果は―― HSP度、かなり高め。
画面に表示されたスコアを見て驚きました。
「え? こんなに当てはまるの?」
音や匂い、人の感情、空気感に過敏だったこと。
感情が揺れやすくて、すぐに涙が出てしまうこと。
人混みや強い光、ざわざわした場所がとにかく苦手なこと。
今まで「なんで私はこうなんだろう」と思っていたことの多くが、
“ただの気質”だったんだと知って、
その瞬間は確かにホッとしたのを覚えています。
でも、だからといって、
すぐに自分を責めるのをやめられたわけじゃありませんでした。
「HSPだから仕方ない」
そう頭では分かっても、
心の中ではまだ、「それでも頑張らなきゃ」「ちゃんとやらなきゃ」と思ってしまう。
少し休もうとすると、「甘えてるんじゃないか」って声が聞こえる。
人と距離を置きたくなっても、「また避けてる」って自分を責めてしまう。
HSPという言葉は“気づきのきっかけ”にはなったけれど、
すぐに私をラクにしてくれたわけではなかったんです。
でも、
それでも、少しずつ――
「私はこれでよかったのかもしれない」と思える瞬間が増えていきました。
少しずつ変わっていけた具体的なこと
自己肯定感がすぐに高まったわけではありません。
でも、「このままではいたくない」という気持ちを支えにして、
私は少しずつ、自分との向き合い方を変えていきました。
まず手放したのは、お酒。
お酒に頼らず、感情と向き合うことを選びました。
そして、「本当はこう感じてる」と思ったことを、
できるだけ否定せずに受け止める練習をしました。
さらに、特に大きかったのが
「疲れているとき」「体調が優れないとき」に、
罪悪感なく“休む”ことを自分に許せるようになったこと。
それまでは「横になりたい」と思っても、「やらなきゃ」と動いてしまっていた私が、
「今日は休んでいいよ」と自分に言えるようになったことは、大きな転機でした。
また、「こうあるべき」に縛られた日々の中で、
少しずつ“自分を優先する選択”も増やしました。
- 疲れている日は、予定を断って休む
- ひとりになりたいときは、静かな時間を確保する
- 「今日は何もしなくていい」と自分に言ってみる
そしてもうひとつ、
「自分で自分を褒める」ことを、少しずつ始めたことも大きかったです。
誰にも見られていない努力に、
「今日の私、よくやったね」と声をかけてあげる。
それだけで、自分との距離がぐっと近づいた気がしました。
今、伝えたいこと
自己肯定感が低くて、
「こんな自分じゃダメだ」と思いながら、
それでも毎日をがんばっていたあの頃の私。
すぐに変われたわけではないけれど、
「すぐに変われなくても、大丈夫」
と、自分に言ってあげられるようになったことが、私の最初の一歩でした。
そして今、私はやっと、
「私にも、自分を守る力がある」と信じられるようになりました。
それは、大きな決断や完璧な行動ではなく、
疲れたときに休むこと。
泣きたいときに泣くこと。
誰にも見られていない中で、
“小さな肯定”を積み重ねていくこと。
私もまだ道の途中です。
でも、あの頃よりずっと、
自分のことを嫌いじゃなくなりました。
このブログを読んでくれているあなたが、
もし今、生きづらさや自己否定で苦しんでいるのなら――
あなたの人生は、あなたのもの。
ちゃんと取り戻すことができます。
その一歩を、一緒に探していけたらうれしいです。